SHINICHI TAKANO
高野 慎一

大学卒業後、創業20年のリクルートに入社。採用・広報を経てコスモスイニシア転籍。企業の急成長と急降下、復活を経験。その後、異なる社風を求め創業120年の(株)ぎょうせいに転職。執行役員として長期低落からのV字回復を果たす。その後、日本交通に転職し常務取締役。JapanTaxi株式会社(現・Mobility Technologies)コーポレート部長も兼務し管理部門立ち上げを主導。社員数15人のツクルバに取締役としてジョイン。「事業戦略は若い感性に、自らは普遍的な『人と組織』で」を方針にツクルバ急成長に貢献。

DETAIL

面接した人数
15,000人
管理部門在籍
18年
事業部門在籍
16年
上場
2回
事業再生
3回
管理部門立ち上げ
4回
コーポレートブランディング
3回

1981-1990

ベンチャーのIPOとコーポレート部門の立ち上げ

大学卒業後、新卒で株式会社リクルートに入社。創業者の江副浩正および「個をあるがままに生かす」経営基盤を構築した大沢武志の直下で人事・広報を担当。
入社3年目に株式会社リクルートコスモス(現株式会社コスモスイニシア)の上場プロジェクト発足に伴い同社へ出向・転籍し、管理部門立ち上げ及びJASDAQ上場に中心的な役割を果たす。
入社4年目に人事課長昇格。その後不動産流通事業の支店長などを務める。この期間にリクルートコスモスは従業員数40人から1,600人に拡大。

1991-2008

メガベンチャーのターンアラウンド

バブル崩壊後、賃貸事業部長。赤字転落していた賃貸事業の黒字化を果たす。
リクルートグループからの独立に伴い、執行役員(経営企画・総務・人事・法務・情報システム・CSR担当)としてコーポレートブランディングを主導し、組織改革に貢献。
その後、リーマンショックに伴う業績悪化・経営危機に際し、事業再生委員会を組織。4名の委員の1人として日本初の事業再生ADRを成功に導く。

2010-2015

伝統企業のターンアラウンド

創業120年の株式会社ぎょうせいに入社し、執行役員経営企画室長 兼 管理本部長として組織改革に着手。長期減収減益に陥っていた業績の4期連続増収増益を果たし、V字回復を牽引。

2015-2019

スタートアップの急成長支援

日本交通株式会社に入社し常務取締役として、伝統企業の経営に携わる。同時に社内ベンチャー JapanTaxi(現・Mobility Technologies)株式会社コーポレート部長を兼務し、コーポレート部門立ち上げを行う。
同時に当時社員数15名だった株式会社ツクルバ 社外取締役(現任)に就任。単なる社外取締役としてだけでなく、経営幹部の壁打ち相手、メンバーのメンターとして急成長を支援した。
また過去の経験から人数拡大の壁を先読みし、創業者が目指す組織風土と人数拡大に伴う組織化の両立に向けての施策、マネージャー・リーダーに対するOJT、全社員対象のメンターを行っている。

2019-

スタートアップの組織構築支援

株式会社ツクルバ、マザーズ上場。
ツクルバとJapanTaxi(現・Mobility Technologies)での業務を通じて、過去の様々な企業の、様々なライフステージでの経験が、スタートアップ・ベンチャーの成長に役立つことを実感し、株式会社aimaを設立。現在は社外取締役および顧問として数社に関わっている。